庭の日陰にひっそり生えていたドクダミ。
まあ綺麗だし、すこし残しておこうかなと甘い考えで残したら、地下茎を張り巡らし、あちらこちらから芽を出す状態になり、今度はモグラたたき状態で取っても取っても出てくるようになってしまいました。
匂い以外は綺麗な花です。
でもはかない姿とはうらはらに超元気で困ったヤツです。
6月82020
6月82020
庭の日陰にひっそり生えていたドクダミ。
まあ綺麗だし、すこし残しておこうかなと甘い考えで残したら、地下茎を張り巡らし、あちらこちらから芽を出す状態になり、今度はモグラたたき状態で取っても取っても出てくるようになってしまいました。
匂い以外は綺麗な花です。
でもはかない姿とはうらはらに超元気で困ったヤツです。
6月72020
フーの雑草レストランが農家の方の草刈りや地区のクリーン運動ですっかり刈られてしまいました。この先1ヶ月は食料に困らないと目論んでいたのにショック。仕方ないので草集め用に竹籠を縛り付けたスーパーカブの登場。
2分ほど走っただけでご馳走(クズ)だらけの空き地に到着。10分ほどで2日分の食料確保(ハンドルにビニール袋もぶら下げています)。草が好物で食料に困らないヤギが羨ましい。
6月72020
やっとというのか、いまさらの、アベノマスクまたはアホノマスクが届きました。
改めてこんな物に何百億円も使うならもっと使うところがあるだろと強く言いたいたくなります。なぜこんな人が国のリーダーなのでしょう。どうしてこのような人に投票するのでしょう。
世の中、利権や補助金に群がる人がいっぱいで悲しくなります。
小さな田舎の町でもそんなことがいっぱいです。アベノマスクを受け取ったことで悲しさが倍増しました。
6月62020
近くの川のホタルは終盤を迎えました。今年も沢山の光の舞を見せてくれました。ちょっと切なくなるような光、毎夜ゲンジボタルの飛翔を楽しませてもらいました。
以前はヘイケボタルも田んぼから沢山飛びました。それが行政の指導の元、田んぼと水路の回収工事、農薬で全滅しました。
今でも残念でしかたありません。
それでも川に住むゲンジボタルには今年も沢山会えました。
これからも会いたいものです。
6月52020
やたらに光ったホタルの軌跡。
6月52020
大きな欅があるカフェ「欅の木の下で」(西尾市)月に6日営業というそば風太よりも2倍ワガママなお店。でも気分は分かります。先日、友人達と合流。庭に大きく解放された窓、気持ちのいいかぜが流れます。
美味しい料理、たのしいママさん。
ワガママっていいものです。
合流した方が若い頃にインドを放浪したと言いました。見かけは品のいいマダム、インド放浪とまったく繋がりません。新婚旅行もインド。なかなかの強者でお もしろい。人っていろんな面があって面白いものだなあと改めて思いました。インドってなんとなく汚いやら怪しげという印象で行ったことないです。行ったら 面白いだろうな。
6月32020
今夜は蕎麦と蛍の夕べ。友人7人でワイワイとお喋りしながらお蕎麦を食べてそれから川までプラプラ歩くと蛍が飛んでいます。数日前とは明らかに違う飛び方。木に止まっている個体も多くなりました。恋は成就したのかな?
笛の師匠が川でインディアンフルートを吹いてくれました。蛍を眺めながらのせつないようなバスのインディアンフルートの音。良いものでした。今度は自分も吹いてみよう。
6月22020
ホタルを見ていると星に結びついてしまいます。
南の島の海岸で見る南十字星、サザンクロスとも呼びます。
どちらの呼び方も旅情にしみます。
ホタルも星もさみしい気持ちになりますがなぜか惹かれます。やっぱり星もホタルもジーンじゃなくキュンだな。
5月312020
土曜日、そば風太に多くの常連のお客様が来てくださいました。
4月5月、自粛で世界中が沈んだ日々、まだまだ先はわからないけれど少しだけ戻ってきたのかな。
その中のお一人。最長老ライダーTさん。80歳を超えていらっしゃいますが、いまも若いものを引っ張ってガンガン走られます。ヘルメットを取らなければ30代にみえます。見習いたいおじ様です。
沈んでいないで頑張ろっと。
5月302020
先日、20年前の祇園のお茶屋一力の事を書きました。こんどは13年ほど前に行った名古屋大門にあった料亭稲本。その後どうなっているのかなと調べてみたらもう取り壊され無くなったようです。名古屋市都市景観重要建築物のはず。なぜ?
稲本は1923年に建てられた豪華な元遊郭。名前は稲本楼。
売春防止法で営業できなくなったあとは料亭稲本として営業。稲本で食事した何年か後に行ったら遊郭の建物そのままで老人福祉施設になっていてビックリしま した。残念ながら遊郭の時は知りません。料亭の時に食事に行きました。2階には色んな趣味の人のための色んな趣向の部屋が取り揃えてあるようでした。そこ は外だけで中は見せてもらえませんでした。
一階の普通の部屋での食事でした。部屋のしつらえは立派なものでした。保存されるものだと思っていましたが取り壊しとは残念。すぐ近くにもう一軒立派な元遊郭がありましたがそれも取り壊したようです。
暗い歴史は消すということかな。
まあ建物の所有者の意向もあるでしょうし安易に非難はできません。
大正から昭和の歴史がまた一つ消えました。面白い空間を直接味わえ良かった。